ozawaの歴史

「絶えざる創造と提案」を企業理念に、「一歩先進」の歩みを続けるオザワのHistory

右端が創業者、小澤通秀。
1951(昭和26)年6月、2カ月にわたる訪米旅行にて、ニューヨークの絹商とともに。

創業者・小澤通秀による革命的な創世記

播州産地の革命児

1918(大正7)年、初代・小澤通秀(おざわ みちひで)は、兵庫県西脇町津万(現在の西脇市)において糸染業(染色業)を興しました。このとき、若干19歳。幼少より絵を描くことを好み、アーティストとしての感覚に加え優れた商才を持ち合わせていた通秀は1921(大正10)年、津万橋近くに工場を移転するとともに織機6台を購入し、「染」と「織」を一貫して行う企業として事業拡大を図ります。

当時の播州織では、「染」は染工場、「織」は織工場がそれぞれ行うのが通例であり、その異色の企業スタイルが、播州産地の革命児として大いに注目されました。

播州産地を日本最大の輸出産地へ

1931(昭和6)年、人絹織物業を開始した通秀は、東南アジアの女性たちが身につける民族衣装「サロン」に注目。天然素材の絹糸に対し、合成繊維の人絹(レーヨン)による「双人絹サロン」の試作に成功します。独特の艶と光沢をもつ繊維は内外から高い評価を得ることとなり、東南アジア向けの輸出織物にも用いられるようになりました。

通秀の功績は一企業の成長にとどまることなく、播州産地を日本最大の輸出産地へと躍進させ、世界80カ国以上に「播州織」の名をとどろかせることとなりました。

昭和35年
オザワ繊維株式会社の工場全景。

播州織ジャカードの祖、米国市場への進出

通秀の挑戦は、さらに続きます。「双人絹サロン」の技術をもとにジャカード織物「ダマスクテーブルクロス」の開発に着手。あくなき探求心から創意工夫を重ね、1935(昭和10)年には世界的にも類のない綿絹人絹交織のテーブルクロスを発案しました。先進の技術に裏打ちされた豊かな図柄と低コストの実現は、それまで欧州や中国の麻・絹・綿製が主体であったアメリカのマーケットを席巻し、「オザワのダマスクテーブルクロス」はまたたく間に市場を独占することとなりました。
これは、播州産地で初の綾織への取り組みであり、通秀が「播州織ジャカードの祖」として、後世に語り継がれる所以でもあります。

一貫体制により播州織と産地の国際化に貢献

戦後は播州産地の復興を図るべく、いち早くダマスクテーブルクロスの生産を再開。独自のデザインや新素材の開発に精力的に取り組むいっぽう、アメリカ市場視察に自ら足を運び、持ち帰ったノウハウにより自社にて染・織・製品化・パッケージングまで一貫して行う生産体制を整えました。これにより「オザワのダマスク」の名は不動のものとなり、播州産地筆頭の織物製造・販売業者としての地位を確立しました。

以降、「絶えざる創造と提案」「糸から生産までの一貫体制」を理念に掲げる通秀は次々と新企業を設立し、さらなる事業の発展に取り組むかたわら、西脇商工会議所会頭、県会議所連合会副会頭の重職を歴任し、播州織産地の国際化と多様化に多大な貢献を果たしました。

「技術革新のパイオニア」二代目による事業拡大期

オリジナルブランド「オリナス」の開発

1961(昭和36)年、通秀の後継が二代目・小澤通秀を襲名。事業刷新に積極的に取り組む二代目・通秀は、国内の産地に先がけて技術革新に着手し、「技術革新のパイオニア」として繊維業界はもとより各界から注目されることとなりました。国際市場の先行きを見据えて各種機械を導入し、織物を中心とした事業から、インテリア製品の開発・販売を主軸とした事業へと転換を図りました。

初代から引き継いだ小澤伝統のジャカード技術を駆使して開発された多彩な商品は、オリジナルブランド「オリナス」として発表され、世界が認める播州産地のリーダー企業としてさらなる躍進をとげることとなりました。

繊維産業の転換期と異業種への参入

その後、昭和末期から平成にかけては国際情勢が激変し、とりわけ中国の市場参加が日本全国の織物産地に大きな影響を及ぼしました。これに対応すべく1991(平成3)年、オザワは本社を現在の西脇市堀町に移転。製造部門を廃止し、関連企業と新たな連携体制をとり製品提案型の「産元」として変革を推進していきました。さらに工場跡地に商業施設を誘致し、異業種への積極的な参入により、通信事業、リカーショップ「パルドン」の設立など、企業の多様化を図りました。

小澤染工株式会社

小澤織布株式会社

新時代を率いる三代目による「オザワブランド」の確立

大胆改革とブランディング

現在、オザワを率いるのは三代目・小澤國秀。学生時代より欧米各国を巡り、最新のファッション市場と世界最高の品々を目にする機会に恵まれた國秀は、大胆な改革に乗り出しました。
國秀が目指すのは、独自の素材・デザイン開発のみならず、顧客のニーズにこたえる生産のスピード化。国際情勢の変化により国内の繊維業界の変革が求められるなか、「世界を視野に入れた頂上作戦」と銘打ち、パリ、ミラノのデザイナーとのコラボレーション、オーストラリアの大学との提携を実現。その糸と染色技術はヨーロッパの高級ブランドからも高い評価を得ています。

さらに、企業のクオリティーを進化させ、多様化・体力強化を図るための人材育成とともに、通信事業部・不動産事業部の拡大にも積極的に取り組んでいます。

播州織産地を支える存在として

初代・通秀の創業より90余年。「絶えざる創造と提案」「糸から製品までの一貫体制」という理念と、長い歴史のなかで培われた信頼と技術力を守りながら、時代とともに変わりつつある市場と顧客のニーズに柔軟に対応できる企業へと進化を続けるオザワ。
その存在は、創業の地である播州織産地とともにあることはいうまでもありません。

創業100年の節目に、目まぐるしい時代の変化に勝るスピードで進化し続ける企業として、オザワはその歩みを止めることなく、新たな提案を発信し続けています。

2014年3月 シドニーから五十川明氏、西オーストラリア州パースから3名、ESMODパリ校、大阪校から2名の新進デザイナーを播州織産地に招聘して共同制作を行いました。

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